2008年04月23日

黒白

ここから読み始めた人はわけがわからないと思うので・・・
↓にある「初めて手にした手段」からチェックしてくださいw


で、今日、一気に2本紹介しちゃったので
このまま3本紹介しちゃいます。


っつーわけで最後の紹介になりました。
それがJ-45の黒白であります。

ま、見た目のまんま。黒いボディに白いピックガードが印象的な
フォークと言うよりはロックなアコギ。

ま、これを買ったのは斉藤和義さんの影響のみです。いぇい。

で、↓で紹介した「おっさん」を買うときに実は候補に挙がってました。

長いこと、欲しかったんですね。
でも実際に手にしたのはそれから約3年後。


じゃなかったかな・・・記憶が曖昧ですが・・・


・・・・今、調べましたw 正解。27歳の誕生日プレゼントです。


で、実はこれ、違うギターを買いに行って買ったんです。

本当はJ-45じゃないギターを予約してまして。
それが来たからっつーので店に行ったらさ、あったのよ、「黒白」が・・・

もうね、店員の悪戯ですよ、嫌がらせ。

予約してたし申し訳ないのでそいつは買うことにしてましたが
「黒白」まで欲しくなっちゃって。

人生、最初で最後(?)の衝動買い。
2本買っちゃった〜♪


でも、2本買ったのが良くなかった・・・

予約して買ったギター、あんまり弾かないの(笑)

結局、「黒白」はバンドでのライブ用になり、今でも使ってるんだけど
予約して買ったやつは手放しました。

で、手放す時に思いました。

「あ、俺、J-45しかダメだ」って。

だからアコギはJ-45しか持ちません。
多分、買っても弾かないから。


っつーわけで当分はこの3兄弟が俺のパートナーです。


イキマウスのサンバカレーはこの「黒白」で弾くのが一番気持ち良いです。



さて、偶然の出会いで買ってしまった「黒白」
気が付けば4年前。


21歳の誕生日「相棒」
24歳の誕生日「おっさん」
27歳の誕生日「黒白」
30歳の誕生日・・・

あれ?30歳の誕生日、買ってない!!


次にJ-45を買うのはいつでしょう・・・
そしてどんなJ-45を買うのでしょう・・・

今からすごく楽しみ♪
posted by 上嶋 潤。 at 21:39| Comment(0) | TrackBack(0) | モノ

おっさんとの出会い。

書くとき一気に書く癖があるようで・・・
今日、2度目の更新。

さてタイトルの「おっさん」とは?
誰の事でしょう・・・

いや、実はこれ、人じゃなくてモノなんです。

下にも登場したギターについてまた書きます。

CA390218-0001.JPG
さてこの「おっさん」とは写真の左のギター。
右のと写真では傷の具合が違うだけで一緒のような気がしますよね?

でも違うんですよ!!


ほら、ブリッジがストレートブリッジでしょ?

フレットが右のより一つ少ないでしょ?

わかんないかな〜?全然違うんだよねぇ〜。


なんてここでアツク語る気はありません・・・ごめんなさい・・・


で、なんで「おっさん」かと言いますと
作られた年が随分古いからなんです。
1950年頃に作られたらしいので50年から60年前のギターなんですよ。
だから「おっさん」。

この「おっさん」は24歳の誕生日に自分から自分へプレゼントしました。


そろそろ「相棒」(下のブログ参照)もガタがきていて
整備に出したいなーと思っていたのでもう一本欲しくなったわけです。

そこでちょうど誕生日も近いし・・・っつーわけで東京まで足を運びました。
御茶ノ水の楽器街をウロウロウロウロ。
だいたいアコギフロアって上にあるので足がガクガクするぐらい、
階段昇降した記憶があります・・・

行きたいお店、全てを回る前に見つけてしまったこの「おっさん」。

イメージそのままの見た目、そして音。
ネックの太さも弾きやすい。

異議なし!!

ではありましたが行きたい店全て回りたかったので
店員さんに「多分、戻ってきますけど」と言い残し他店へ。

でも、もう他のを弾く気もなく。
ザーっと流して見て「おっさん」の待つ店へ。

「やっぱ戻ってきました」

っつーわけで購入。

バランスの良いサウンドと弾きこまれたルックス。
決して綺麗じゃない状態だけど何かピックアップを付けていた跡なんかあったりして。
アメリカから運ばれてきたこの「おっさん」を弾いていた人は果たしてどんな人物だったんだろうか、
などと想いを巡らせてしまうんだなぁー。

男のロマン。素敵。


1950年頃に作られたGibsonのJ-45と言う事以外、未知なわけです。
未だにロマンを勝手に抱いてます・・・


こいつは大事過ぎて家に引きこもっています。
家で時々、引っ張り出してニヤニヤしながら弾いてます。

今日は珍しく職場に持って来て思いっきり弾いてやりました。
いや、弾かせていただきました。

やっぱりニヤニヤしてしまいます。

弾き語りの音源ではこいつをそろそろ使おうかと計画中。

「おっさん」パワーに負けないように頑張ります。
posted by 上嶋 潤。 at 20:02| Comment(0) | TrackBack(0) | モノ

初めて手にした手段。

このブログを書き始めた段階で既に俺はある手段を手に入れていた。

そもそも、それが無ければ俺の今は無い。

このブログの中で最も重要な位置に居ながら
今のところ出番の無かった、重要なモノ。


それはギター。

このブログを書くきっかけになった、色々な人との出会い。
その全てを導いてくれたのがギターだった。

ギターが無ければ旅にも出なかった。

ギターを手にした者ならば誰もそうあるように、
ギターは自分を表現する手段だ。
うん。
俺もそうだ。

しかし、俺にはもう一つある。

俺にとってギターは旅をする手段でもあるのだ。

ギターが無ければ旅はしなかった。
旅をする事の道標になったのがギターだった。


そんなギターとの出会いについて書こうと思う。


書き始めると長くなってしまうのがこのブログの悪い所。
前置き長すぎ(笑)

CA390218-0001.JPG

さて、この写真に載っている3本のアコギ。
実は全て同じ型番。
『GibsonのJ-45』と言うギター。
型番は同じだけど年式や仕様が違うので見た目も若干違う。かな?

まずJ-45を買ったきっかけ。
これは誰もが同じだろうけど好きなアーティストが使ってたから。
それだけ。
代表選手は山崎まさよしさん。そして吉田拓郎さん。


家にあったギターで練習を重ね、いよいよ自分のギターを買おうと思った時に
すぐJ-45に決めた。理由は上記のみ。
市内で一番品数の多い店に足を運び、ヘタクソなりに試し弾き。

たまらんかった。鳥肌が立った。

ジャッ

だけでもう満足。たまたま入荷していたB級品。
ちょい傷ってやつが半額だったので購入。今でも良い買い物だと思ってる。
それが右のJ-45。「相棒」って感じかな。
こいつとは今年で10年の付き合い。
21歳の誕生日のちょっと前に自分に宛てた誕生日プレゼントだった。

今までこのブログの中に出てくる旅は全てこいつと一緒だった。

ガシガシ、ぶん殴るように弾きまくった「相棒」はすぐに弾き傷だらけ。

現在では見事、木を突き破り、貫通。穴が開いてしまいました・・・
楽器屋さんには「早く直しなよ」って言われてますが直しません。
傷が俺と「相棒」の10年の証だから。


今でもどこかに行くときはこいつ。
ライブでは時々こいつw

なんだかんだで思い出いっぱいの「相棒」と一緒に、
毎週ラジオの中継に行ってます。


これからもこいつと色んな所で歌うぜぃ。
posted by 上嶋 潤。 at 18:38| Comment(0) | TrackBack(0) | モノ

2008年04月15日

お久しぶりの更新です。

もう多分、こんなブログの存在なんて忘れちゃっていると思いますが…

そういう時に戻ってくるのが結構、嬉しかったりしませんか?


実は、今日、書こうって思ったのには訳があります。


このブログでも書きましたが
北海道帯広で出会った方から
つい先ほど、電話がありました。

「ゴールデンウィークにさ、浜松祭り行くんだよ
 だからさ、会えないかなと思ってね。」

ってさ。

いやー正直びっくり。
まず電話にびっくり。もう2年ぐらい連絡とってないからね。
そして浜松祭りって言葉にびっくり。
何か嬉しいじゃん。他県の人が浜松祭り知ってると。


あ、ここで補足。
浜松祭りっていうのは子供の誕生を祝うお祭りで
昼間は大きな凧を上げ、夜は御殿屋台の引き回しをし
子供が生まれた家にお邪魔して練りをする、
っつー感じなんだけどね。


で、その合間に会えないかって話なんだけど。

実は3日間、俺はその浜松祭りの中継をしなきゃいけなくて。
夜は打ち合わせも含めて11時ぐらいまでかかっちゃう。

でもさ、せっかくなんだから会いたいじゃん。

っつーわけで俺の返事は

「夜中なら空いてるぜぃ」

3日間祭りが続く初日にそんな無理して大丈夫なのか?

なんて事は電話切ってから考えたけどさ・・・

良いんじゃないかな。大丈夫。
そんな事よりも会いたいじゃないか。

今、どうしてるか話が聞きたい。

頑張ってるパワーをもらいたい。


俺より1歳年上の大学生。


今年のゴールデンウィークは呑むぞ!!
posted by 上嶋 潤。 at 19:48| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記

2007年10月20日

人から物へ。

人との出会いについてずっと書いてきましたが
ここらで約3ヶ月ぶりの復活と共に物との出会いについてちょっと書いてみようかなと思います。

きっと改めて物に対して出会いを感謝することって少ないと思うので。

さて、物シリーズ第一弾は今まで書いてきた「旅」の相棒、「車」について書きますか。
四国・九州を弟と二人で旅をした西日本編、北海道を一人で旅した東日本編、どちらも同じ車。
ホンダのアクティと言うワンボックスの軽自動車。
農道とか田舎道が似合う感じ。

そいつに乗って旅してたわけですがそのアクティと出会ったのは深夜でしたね。

友人と深夜までやっている雑貨屋さんに行ったんですよ。
それも特に用事があったわけじゃなく若さゆえの時間つぶし。

ま、用事があるわけじゃないから雑貨屋も早々に出てきたわけですがその隣にあったのが中古車屋さん。
僕も友人も車を見てあーだこーだ言うのが好きだったので中古車を見ながら二人でウロウロしてました。
そんな二人が共通して気になったのがこのホンダのアクティ。
なぜ若者二人がこの車に惹かれたのかは今となってはわかりませんが・・・

その時に乗っていた車に不満があったわけでもなく、車の買い替えを考えていたわけでもない僕でしたがその姿が気になって気になって仕方なくて・・・


次の日の昼間にその中古車屋さんに行ってました。

中古車屋さんから帰る頃にはナビやらオーディオのカタログをいっぱいもらい、その足で友人宅へ。


「馬鹿だな〜」ってなノリでそのまま購入を決意。

なんでそんなノリで決意したのかは今となってはわかりませんが・・・


とにもかくにも偶然の出会いが運命になり一生の思い出に残る一台になったわけです。




さてこの車、特に問題も無く順調に走っていたのですが・・・

ある日、車に乗ろうとした時、車内の異変に気がつき・・・

よく見るとナビがもぎ取られていて運転席側の鍵穴がこじ開けられた後が・・・


そうなんです。車上荒らしにあったんです。
盗もうと思ってもぎ取られたナビは結局盗まれずに無残に取り外された状態のまま車内に放置され盗まれたのはCD約100枚と機材。
ギター本体を置いてなかったのが唯一の救いでした。

問題なく走る車だったんだけど車上荒らしの後はどうも乗り続ける気持ちになれず手放しことにしました。


愛車って言葉があるけど僕にとっての愛車はアクティで間違いないでしょうね。


たくさんの苦楽を共にした相棒。
またいつかアクティで旅をするのが僕の夢です。



それでは最後に一曲聴いてください。
♪けっぱこぶる〜す by上嶋潤。♪


あ、けっぱこって言葉わかります?
軽のワンボックスの事を僕らはけっぱこと呼んでたんだけど・・・
一般的じゃないのかな・・・
posted by 上嶋 潤。 at 02:09| Comment(3) | TrackBack(0) | モノ

2007年07月31日

最北の地で。

さて。北海道編もままならないまま、違うテーマに行ってしまったので
もう一度舞台を北海道に戻します。

と言っても北海道での出会いはもうそんなにないのですが・・・

色々な人に出会い、ここでは書けないような事もありました(笑)
そんな中で最北の地、宗谷岬に行った時の事。

実はここで会う人とは前からインターネットを通じて知り合いでした。
だから出会いってほどじゃないんだけど。
ま、良いよね?

宗谷岬に夜、着いた僕はとりあえず駐車場で寝て次の日のお昼に
その人と会いました。
まぁ仮にユキエさんとしておきましょう。
お子さんとお友達を連れて会いに来てくれました。

宗谷岬のラーメン屋でラーメンをごちそうになり、
公園にてちょっと歌を披露。子供も喜んでくれて楽しい時間でした。
それから稚内をざっと観光。

そこでひとまずお別れ。

僕は一人でユキエさんに教えてもらった温泉と夕日がきれいに見える場所に行きのんびりと夜を待ちました。

そして夜!

またしてもユキエさん達と合流。
今度はお子さんは抜きで3人で食事をすることに。

向かった先は稚内ドーム(って名前だと思ってたら北防波堤ドームって言うんだね)に行きそこでバーベキューをしました。
真夏の北海道でバーべキュー。もちろんビールと海鮮ですよ。

このドームはバーベキューセットがたくさん用意されていて好きなものを買って焼いて食べるという何とも素敵な場所に夏の間なるそうです。

そんなこんなでビールを飲み、
北海道の新鮮な海の幸を食べ、
話もはずみ、
楽しい時間を過ごすだけすごしました。

バーベキューも終わり、良い酔いの僕は駐車場にてミニミニライブ。
ウクレレ弾いてオリジナル曲を披露。
途中、警備の人に注意はされましたが・・・
それもまた思い出です。


楽しい夜も終わり、お二人と別れ、僕は車でそのまま就寝。
二人とはその後、会うこともなく・・・



一年後の夏、急に携帯にメールが。



「ドームでバーベキューやってるから早くこ〜い!」

だって。



「行く行く!!」



って行けるか!!

北海道には辛い思い出もあるけど楽しい思い出ばかりが蘇ります。
稚内もその一つ。

今でもドームでのバーベキューや宗谷岬で歌った事は忘れられません。



また行きたいなぁ・・・
posted by 上嶋 潤。 at 15:26| Comment(5) | TrackBack(0) | 北海道

2007年06月24日

結婚する先輩

北海道編も実は途中のような・・・気がしますが・・・

実は明日(日付的には既に今日だけど)結婚する先輩についてちょっと書きたいので書きます。


カレコレ3年前の事。
ひょんなきっかけでサラリーマンの俺にラジオのレポーターをやらないかと言う話が来ました。
音楽では無いにしてもメディアに出るチャンスだし滅多にできる経験じゃないので喜んで引き受けましたがさてど素人の僕にできるのかどうか・・・全くもって不安しかありませんでした。

静岡県西部地域を放送域とするコミュニティーFMで浜松市周辺を毎週テーマに合った場所に行く「おじゃマンレポーター」。
今でも続けているので3年やっているわけだけど実はその前に先代がいました。先代はしゃべりを生業にしている立派なレポーター。
彼のレポーターぶりを拝見できたのは一回だけで、「じゃー来週から頑張ってね」と言う感じで本当に何も習う事なく、右も左もわからない状況でレポーターを初めました。

さて明日結婚する先輩と言うのは春子さん(仮名)と言う女性で先代のレポーターではなく、先代のレポーターに付いていた同行ディレクター。
レポーター交代と共に彼女も同行ディレクターを辞める事が決定していました。
僕は新しいレポーターとして同行ディレクターも新しいやつが決定していました。
4月からレポーターが始まり、約一ヶ月、春子さんは引継ぎで一緒に回ってくれました。春子さんと新同行ディレクターと僕の3人で毎週金曜日に中継にでかけました。

放送される時間は全部合わせても30分ぐらいなものですがその間の移動は特に長いわけで一緒に居て話をする時間がたくさんありました。
その間に色々アドバイスをしてもらったりするわけですが僕と新同行ディレクターはバカな事ばっかり話してました。春子さんはそのバカな話も「うんうん」と頷いて聞いてくれて時に僕らもビックリするような展開に話をもっていってくれることもありました。

とにかく春子さんは「ほわ〜」っとしていて「暖かい」オーラの持ち主でした。
でも中継のアドバイスは的確でディレクターを育てつつ、僕を持ち上げては育ててくれたんです。

全然成長しない僕に「前より良くなってるよ〜すごいね、潤くん」と暖かい言葉をかけてくれて。それが嘘臭くないと言うか物凄く自然で暖かくて僕は素直にそれをお世辞だとも思わず受け入れたものですから元々「褒められて伸びたい」僕としては伸びたいと言う気持ちを素直に持つことができました。(伸びたいだけで伸びたかどうかは別ね)

そんな春子さんのストップウォッチには彼氏とのプリクラが貼ってありました。新同行ディレクターとからかっていたのがもう3年も前だとは・・・

そんな春子さん。約一ヶ月の引継ぎも終り、会う機会がグッと減りましたが局の事務所で会う度に「レポート上手くなったね」と相変わらずの「ほわ〜」と「暖かい」言葉をかけてくれるから偶然会えるのが本当に嬉しかったんです。
でも本当に会う機会がどんどん減っていて最近はほとんど会ってなかったんですが2週間前に人伝いでメアドを聞いてくれたみたいで急に連絡が来ました。

その内容は「結婚式の二次会に来て欲しい」

なんか「ほわ〜」っと「暖かい」気持ちになりました。

もちろん喜んで!!とメールを返すと

「私の好きな[ラーメンの歌]を歌って欲しいんだけど」

だって。ラーメンの歌で良いの?(笑)

「ほわ〜」っと「暖かい」気持ちにさせてくれた春子さんが居なかったら今の僕は、レポーターとして成り立っていなかったんじゃないかって思うわけです。
だから最大の感謝の気持ちを込めて僕は「ラーメンの歌」を歌いたいと思います。
posted by 上嶋 潤。 at 02:10| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記

2007年06月02日

台湾土産プレゼント!

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さて今から台湾に行きます。
知り合い全員にプレゼントを買うほどの余裕は無いので一名様に上嶋潤が選ぶ「台湾のくだらんお土産」をプレゼントします!

何を買うかはもちろん未定。ただ、多分くだらん物になるでしょう(笑)

それでも欲しいと言う方は名前、住所を明記の上、メールにてご応募下さい。


誰からも応募が無い場合は強制的に誰かにあげます。

締切りは4日の23時59分までとします。


ではこれにてしばらく日本を離れます。


行って来ます!
posted by 上嶋 潤。 at 09:20| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2007年03月10日

北海道、釧路にて。

さて帯広で素晴らしい出会いをした僕はまたも寄り道しつつ釧路に向かいました。
いつものように右も左も分からない状態。
とりあえず電車の駅の近くに繁華街があったりするものなので釧路駅へ。そうすると偶然唄っている人がいるじゃーないですか。
「釧路でも路上ってやってんだー」なんて思いながら近寄って行くとどっかで見た事があるぞ・・・?

・・・・・

お互い顔を見合わせて・・・



「あー!!昨日の!?」


そう、前日に帯広で歌っていて話しかけた路上人でありました。なんとも思いがけない嬉しい再会。
彼は名前をゆうしんと言い友達が釧路に用事があるから、と言う理由だけで一緒に来てあげた何とも良いやつなのであります。
一回目に会うのは偶然、二回目は必然、何て常に思っている僕ですからこれはもはや必然なわけです。偶然なんだけど必然。会うべくして会ったわけ。嬉しいよね。二日連続、しかも違う場所で。若干運命を感じつつ少し離れた場所で路上開始。

駅前ではありましたがなんだか人通りもまばらでさびしいけれど通りすがりのおばちゃんが「猫の卵」って言う釧路銘菓をくれたりそれなりに楽しく過ごしていましたが、夜になればなるほど寂しくなる人通りに、ゆうしんと僕は新天地を目指し移動を共にする事にしました。

釧路の夜のネオンが輝く店の前で歌う事に。二人でお互いの譜面を覗き込みながら何となく一緒にやったりして。店のオネェサン達がちょっと出て来て励ましてくれたり(笑)楽しい時間を二人で過ごしました。

で、路上はお終いにしてそろそろお別れってなりそうな時間。
しかし「ゆうしん、お前はどうすんの?友達は一体いつになったら帰ってくるんだい」
なんて言ったらゆうしん、
「友達はメル友に会いに来てて今頃ホテルだろうし連絡も来ないから一人で地下道で寝ます」
なんて言いやがって。
「お前、ホント良いやつだな、今日はお兄さんが温めてあげよう」
とは言いませんでしたが二人で仲良く僕の愛車で眠る事に。
翌朝、コンビニで飯を済ませ友達との待ち合わせ場所である釧路駅前でお別れ。


その後、もう一度、帯広で会ったし暫くは連絡とってたんだけど今は音沙汰無し。どうしてるんだろうな。
まだ高校生だったゆうしん。今はもういくつだ?
今でもどこかの街で歌ってるんだろうな。歌い続けてたらまた会えるよ。だから僕は今でも歌うのです。

なんてね。
posted by 上嶋 潤。 at 21:21| Comment(2) | TrackBack(0) | 北海道

北海道は帯広にて。

函館を後にした僕は寄り道をしながら帯広へ。
特に北海道を旅する上で思い入れのある土地と言うのは全くなかったのでなんとなく、地名を見て聞き覚えのある街に寄る、と言った感じでした。帯広もそんな感じ。

とりあえずメインストリートと思われるアーケード街を見つけたので近くに車を止めウロウロすると路上人発見。
声をかけ、どこなら唄えるのか聞き込み調査。
アーケード街ならどこでもやれる感じだったので適当な場所を見つけて路上開始。

道行く人の反応は上々。
とても気持ちよく歌う事ができました。
もうこの時点で僕は帯広が結構好きな街になってましたね。
路上の反応だけで街を判断しちゃいけないんだけどね。ついついそうなってしまうわけです。

人は集まってくるけどしばらくするともちろん流れていくわけで一定ではないけどそこそこ楽しく歌っているとその流れに身を任せず、長い事聞いてくれている一人の青年が目にとまりました。
彼は笑顔で僕の演奏をずっと聴いていてくれました。

そして人が居なくなった時、彼は近寄ってきて
「俺、ジャンベ車に積んでるから一緒にやらない?」
と言うのです。
急な申し出にうれしはずかし、なんともムズガユイ気持ちで快諾すると彼は急いでその場を立ち去りすぐにジャンベを抱えて登場したのでした。
そして何をやるかって話になりお互い共通の曲はなんだと、いうことになるわけですが
「さっきやってた曲、あれやろうよ」
ってな提案を受けてやったのが僕のオリジナル「秘密の話」

帯広の街の片隅でさっき会ったばかりの青年二人が息もあってるんだかなんだかわかんないけどなんとも気持ち良いセッションを繰り広げたのでした。

そんな素敵な出会いと音楽の後、「それじゃーね」ってすぐに別れられるわけもなく。
彼から「泊まる所が無いならうちに泊まらないか」と提案を受けもちろんそれを快諾。
まずは二人で銭湯へ行き部屋に行くと一杯やりながら彼の正体について、僕の正体について色々と暴きあいをし判明したのは彼は歯科医で出身は千葉って事。翌日も朝から仕事だというのに僕を部屋に招待してくれた事。

歯科医とプライベートで話をする事なんてなかったので裏話も聞きました。痛々しい話と言うかここでは話せない事もありましたが物凄く感心したのは痛くない麻酔を射つ練習をするって話。
歯科医同士で「麻酔の射ち合い」
無痛麻酔の確立の為の練習・・・すげぇ・・・

そんな話を聞きながら酒を呑み程よい所で就寝。

翌朝、出勤前にコンビニにて食料を買ってもらいお別れ。

なんかまた会いそうだね、なんて言ってたんだけどね。
その後、実は北海道でまた会い、僕が地元に戻って来てからも会ったりして今でも細々と付き合いが続いています。

彼が今、何をしているかはまた次回書きますが人の頑張りをみていると自分も負けてられないって思うのは相乗効果、素晴らしいことですね。


さて帯広を後にした僕が次に人と出会うのは釧路。
あ、でもそれは出会いと言うか、再会ですかね。

その様子はまた次回・・・
posted by 上嶋 潤。 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 北海道