2007年02月15日

旬の出会い

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このブログを書くきっかけになった男、竹原ピストルとの出会いでもそろそろ書こうかな。

まず、この出会いの発端は俺のオヤジ。
オヤジが「野狐禅ってやつらが良いぞ」と言い出したのが始まり。
「良いぞ」と言われても「ふ〜ん」って性格だしましてや親子だとそれはなおさら。薦められてるわけでもないし全く聞く気もしませんでした。

が、しかし嫁も同じCDを持っていた事が判明。
「あれま。お前も好きなの?じゃ〜聞いてみるか」ってなって聞いたのが一年ぐらい前。

うむ。素晴らしいではないか・・・
ぐいぐいその世界に引き込まれ気が付けば嫁よりもファンになっていた。(嫁は「ぐるぐる」しか聞いてなかった(笑))

それからオヤジが自分の店への誘致(?)をイベンターさんにお願いしすぐに次のツアーでそれが実現したのです。

当日、その二人は歌声、演奏通りの人柄で僕の前に現れました。好印象。ライブももちろん最高。照明をやる手にも思わず力が入ってしまいました。

すっかりファンになった僕は打ち上げも同席。
年齢も一つしか違わないので仲良くなるのに時間はかかりませんでした。

そしてそれから数ヶ月。
次はいつ会える事だろうと思っていた新年早々。
一人、仕事をしていると竹原ピストルさんから電話。
内容は事務所を辞める事、そして自分達でツアーをブッキングして回るという事でした。
指定してきた日がバッチリ空いていたので僕は大歓迎でその日程表に「野狐禅」と書いたのです。

そこから毎日のように竹原氏のブログをチェック。

ある日浜松近辺を通っているような事が書いてあり
「ぼちぼち浜松通過したかなぁ〜」
なんて思っていたら目の前に竹原ピストル登場。

竹:「いや、近く寄ったもんですから」
僕:「それだけで来てくれたんですか」
竹:「あ、はい。お世話になります。」
僕:「いえいえ。こちらこそ。楽しみにしてます」
竹:「はい。では、失礼します」
僕:「え?もう帰るんですか?本当に挨拶だけに来たんですか」
竹:「あ、はい。では失礼します」
僕:「あ、そうですか。じゃー気をつけて」

って電話でもそんな手短な会話ないだろってな会話をして竹原ピストルは嵐のように去って行ったのでした。

ほんの少しの間に色々考え
「このまま帰したらいかん、いかん!いかんぞ!!」
って事で頭がいっぱいになりその場を店長に任せ僕は竹原さんの後を追いかけたのでした。

そこで竹原さんのブログにもある
「メシでも行きません?」「いいっすね!」
になったわけです。

そこから駅の構内にある店に入りビールを呑みながら色んな話をしました。本当は僕が色々聞きたい方なのに何故か僕が熱く語ってしまい、終いには「ブログ書いてよ」なんてお願いされてしまう始末。

ほどよく呑んで気持ちよくなった所で僕の時間の都合でお別れすることに。
お互いブログアップ用の写真を撮り別れたのでした。

そしてライブ当日。
来ましたよ。野狐禅。
顔を合わせると竹原さんの第一声が
「ブログ見てますよ」だって。じゃーこれも見てるのか?

リハーサルまでかなり時間があったから鰻も食べたし話もした。
ライブはわざわざ客席側で見てくれたし打ち上げではほとんどしゃべれなかったけど(席が遠かったので)
その後の窓枠ステージ上での泥酔パンツ一丁漢のジャムセッションは最低で最高だったね。

そして死んだように眠る野狐禅を置き帰宅。
翌日、軽やかに迎えに行くとまだ寝てたので起こしてカレーを食い彼らは東京へ旅立って行きました。

別れ際、思いがけぬプレゼントをいただきバレンタインに男からプレゼントなんて一生ありえないと思ってたからびびりましたね。でも正直、本当に嬉しかった。
僕がいつか同じプレゼントを誰かにあげるとしたら・・・ん〜どこの誰にあげるだろうか・・・どんな顔してあげようかな。
きっと竹原さんは恩を返すつもりでくれたんだろうけど僕には大きすぎる恩返しだからこれの気持ちを誰かに送ればいいんだろうか。それが恩送り?かも。うんうん。

彼らは車に乗り込み「また遊びに来ます」ってさ。
遊びに?野狐禅、遊びに来てたんか!!
バカヤロー、そんな気持ちで来やがって・・・


嬉しいじゃないか。


また遊びに来てね。
posted by 上嶋 潤。 at 23:24| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月12日

沖縄で。

ちょっと短めな話。

弟との二人旅の途中。出会った松原さんの事は〜最大の出会い〜を参照して下さい。

そこで沖縄に連れて行ってもらった僕ら。
弾き語りを路上でしながらの旅だったのでもちろんギターを沖縄にも持って行ってまして歌う場所を一日目の夜に探しました。

国際通りを歩いていると弾き語りをしている兄ちゃんを発見。
話しかけてみる。
横浜出身、沖縄在住の僕らより年上の人でなんと沖縄に遊びに来て気に入ったからとそのまま移住。沖縄で結婚したそうな。
色んな人がいるな〜と思いつつ
「明日、僕ら路上やるんですよ」なんて話してたわけです。

そして次の日の夜。
国際通りで路上をやっているとその兄ちゃんと奥さんが見に来てくれました。
僕らの歌を聞いてくれたし拍手もしてくれたしとにかく楽しい雰囲気の沖縄路上。
奥さんがどこかで生ビールを買ってきてくれて一緒に呑んじゃったりして。

特に連絡先を聞く事も無く別れたので今、どうしてるかわからないけど沖縄の話が出るといつも思い出す。
僕の沖縄好きはこういう思い出の積み重ねだろうね。



あ〜また沖縄の野外でビール呑みたいなぁ〜。
posted by 上嶋 潤。 at 11:15| Comment(0) | TrackBack(0) | エラブ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月09日

覚えてないけど・・・

弟との二人旅。
当時、僕は22歳。弟は20歳。
僕は金髪のボサボサ頭に髭。弟は肩にかかるぐらいの長髪。

ハッキリ言って声をかけたくない二人組。

僕は自分達に対してそう思いながら旅をしていました。
(だったらもっとまともな格好してろよってのは置いといてね)

そんな事思ってるのに人との交流を求めてるわけですから厄介ですよね。
でも、意外と僕らには声をかけてくれる人が多かった気がします。世の中捨てたもんじゃないんですね。


そんな人たちの中で僕が一番、「うわ、この人、ホント純粋なんだろうな」って思った人が居ました。

僕らが本州を離れ、四国を一周し四国から九州に渡って熊本市(多分、下通り?)で歌った時の事。

普段のように商店街を見つけ歌いだしました。

まぁ〜その日は特別何事もなく歌ってました。初めて訪れた九州の地で歌えた事の喜びを噛み締めながら歌ってました。

もうぼちぼち終わるかい?って頃だったと思います。
僕がウルフルズを熱唱していると一人の女の子が寄ってきてもっとウルフルズが聞きたいと言ってきました。
リクエストに応えウルフルズを熱唱。
女の子は大学一年生で歓迎会の帰り道だったそうです。

「お兄さん達、ちゃんと食べてますか?」

「うちに来たら食べさせてあげますよ」

女の子がそんな事を言い出したわけです。
その子は一人暮らし。実家を出て間もない頃。

若い女の子の部屋に金髪、髭とロンゲが行くなんて・・・
身の危険を感じずにはいられないでしょ?

僕らには断る理由が全く無いので快くお邪魔させてもらいました。


約束通り彼女はごはんを作ってくれて食べさせてくれてベッドまで使わせてくれました。

どこのどんな奴かもわからない、見た目には近寄りがたいであろう男二人を部屋に招く。
彼女の目に僕らがどう映っていたんだろう。
彼女はきっと純粋に僕らを「おもてなししたかった」んだろうな。
純粋に「力になってやろう」って思ったんだろうな。


翌日、彼女はおにぎりを作ってくれた。
3人で海の見える山に登り海を眺めながらおにぎりを食べた。
天気がよくてすごく気持ちが良かった。

今、彼女はどうしてるだろう。
7年前、多分18歳だった彼女。今はもう25歳。
幸せにしているだろうか・・・

今となっては名前も覚えてないけど・・・

僕は時々、彼女のベッドで寝た事を思い出す。
posted by 上嶋 潤。 at 00:22| Comment(0) | TrackBack(0) | エラブ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月03日

誰の事書こうかな…

皆さんもそうだと思いますが(皆さんと言ってもどんだけの人が見ているかわかりませんが・・・)大切にしたい人、大切にしたい出会い、ってあると思う。僕もあります。とりあえずショッパナから一番の出会いを書いてしまったので次が浮かばないんです。
書きたい衝動はあるんですけどね。

どうしよ・・・


ん〜


じゃー前回の中でハショッテしまった旅の中の大切な出会い。
それは京都。
浜松を出発し名古屋・岐阜と路上をし次の路上ポイントとして定めたのが京都。
中学の修学旅行以来の京都で全く勝手がわからなかったのでとりあえずナビを頼りに路上やってる人が居ると言う四条河原町に行ってみる。
偶然、そこで発見したのが今回の主役「たこさん」である。
藁にもすがる思いで声をかける。
関西弁にて繰り広げられるテンポの良い会話。
京都にはたまたま来ていて本当は大阪で路上をやっているとのこと。
「ここら辺ならどこでも良いんじゃない?」(関西弁に変換して読んでください)
と言われたのでひたすら良さそうな場所を探すが見つからず。
しばらく途方にくれまたもたこさんの所へ。
彼は今からラーメンを食いに行くと言う。
いかんせん貧乏旅をしていた僕らに外食のラーメンは贅沢。
いいな〜行きたいな〜と思っていた僕らに彼は

「明日死ぬかもしれないんだよ?今食べないでどうするの?」

的な言葉を突き刺してきたのです。
これには二人とも降参。旅で初の外食をしたのでした。

そこで連絡先を交換し翌日大阪は梅田で会う事になりました。
翌日、彼の仕事終わりを待ち電話。梅田歩道橋で再会。
路上やれるポイントを教えてもらい歩道橋上で路上開始。

そこからこの旅の途中で彼は何度か登場する。
四国に渡る時も彼と一緒に彼の友人を訪ねていったり・・・

とにかく彼には色々な言葉を教えてもらった。

「出会いは宝」

そんな言葉を素直に教えてくれたのは彼だったな。
彼は彼で独りでヨーロッパを旅した事があったみたいだし実体験の中での言葉なんだろうな。


『旅してる奴で「またね」ってよく言うけど本当にまた来たのはお前らだけだよ』

『金はある奴が出せば良いんだよ』

『ご安全に』

『明日死ぬかもしれないんだよ?』


まだ他にもあったかもしれない。
彼から聞いた言葉の中で今でも自分の中で生き続ける言葉。

出会ったからこそ受けられた恩。


彼は今、大阪から東京に拠点を移し自分の道を突き進んでいる。

仕事も住んでる場所も違う。ただ京都四条河原町で会っただけ。

やっぱり出会いって凄いね。
posted by 上嶋 潤。 at 19:03| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする