もう多分、こんなブログの存在なんて忘れちゃっていると思いますが…
そういう時に戻ってくるのが結構、嬉しかったりしませんか?
実は、今日、書こうって思ったのには訳があります。
このブログでも書きましたが
北海道帯広で出会った方から
つい先ほど、電話がありました。
「ゴールデンウィークにさ、浜松祭り行くんだよ
だからさ、会えないかなと思ってね。」
ってさ。
いやー正直びっくり。
まず電話にびっくり。もう2年ぐらい連絡とってないからね。
そして浜松祭りって言葉にびっくり。
何か嬉しいじゃん。他県の人が浜松祭り知ってると。
あ、ここで補足。
浜松祭りっていうのは子供の誕生を祝うお祭りで
昼間は大きな凧を上げ、夜は御殿屋台の引き回しをし
子供が生まれた家にお邪魔して練りをする、
っつー感じなんだけどね。
で、その合間に会えないかって話なんだけど。
実は3日間、俺はその浜松祭りの中継をしなきゃいけなくて。
夜は打ち合わせも含めて11時ぐらいまでかかっちゃう。
でもさ、せっかくなんだから会いたいじゃん。
っつーわけで俺の返事は
「夜中なら空いてるぜぃ」
3日間祭りが続く初日にそんな無理して大丈夫なのか?
なんて事は電話切ってから考えたけどさ・・・
良いんじゃないかな。大丈夫。
そんな事よりも会いたいじゃないか。
今、どうしてるか話が聞きたい。
頑張ってるパワーをもらいたい。
俺より1歳年上の大学生。
今年のゴールデンウィークは呑むぞ!!
2008年04月15日
2007年06月24日
結婚する先輩
北海道編も実は途中のような・・・気がしますが・・・
実は明日(日付的には既に今日だけど)結婚する先輩についてちょっと書きたいので書きます。
カレコレ3年前の事。
ひょんなきっかけでサラリーマンの俺にラジオのレポーターをやらないかと言う話が来ました。
音楽では無いにしてもメディアに出るチャンスだし滅多にできる経験じゃないので喜んで引き受けましたがさてど素人の僕にできるのかどうか・・・全くもって不安しかありませんでした。
静岡県西部地域を放送域とするコミュニティーFMで浜松市周辺を毎週テーマに合った場所に行く「おじゃマンレポーター」。
今でも続けているので3年やっているわけだけど実はその前に先代がいました。先代はしゃべりを生業にしている立派なレポーター。
彼のレポーターぶりを拝見できたのは一回だけで、「じゃー来週から頑張ってね」と言う感じで本当に何も習う事なく、右も左もわからない状況でレポーターを初めました。
さて明日結婚する先輩と言うのは春子さん(仮名)と言う女性で先代のレポーターではなく、先代のレポーターに付いていた同行ディレクター。
レポーター交代と共に彼女も同行ディレクターを辞める事が決定していました。
僕は新しいレポーターとして同行ディレクターも新しいやつが決定していました。
4月からレポーターが始まり、約一ヶ月、春子さんは引継ぎで一緒に回ってくれました。春子さんと新同行ディレクターと僕の3人で毎週金曜日に中継にでかけました。
放送される時間は全部合わせても30分ぐらいなものですがその間の移動は特に長いわけで一緒に居て話をする時間がたくさんありました。
その間に色々アドバイスをしてもらったりするわけですが僕と新同行ディレクターはバカな事ばっかり話してました。春子さんはそのバカな話も「うんうん」と頷いて聞いてくれて時に僕らもビックリするような展開に話をもっていってくれることもありました。
とにかく春子さんは「ほわ〜」っとしていて「暖かい」オーラの持ち主でした。
でも中継のアドバイスは的確でディレクターを育てつつ、僕を持ち上げては育ててくれたんです。
全然成長しない僕に「前より良くなってるよ〜すごいね、潤くん」と暖かい言葉をかけてくれて。それが嘘臭くないと言うか物凄く自然で暖かくて僕は素直にそれをお世辞だとも思わず受け入れたものですから元々「褒められて伸びたい」僕としては伸びたいと言う気持ちを素直に持つことができました。(伸びたいだけで伸びたかどうかは別ね)
そんな春子さんのストップウォッチには彼氏とのプリクラが貼ってありました。新同行ディレクターとからかっていたのがもう3年も前だとは・・・
そんな春子さん。約一ヶ月の引継ぎも終り、会う機会がグッと減りましたが局の事務所で会う度に「レポート上手くなったね」と相変わらずの「ほわ〜」と「暖かい」言葉をかけてくれるから偶然会えるのが本当に嬉しかったんです。
でも本当に会う機会がどんどん減っていて最近はほとんど会ってなかったんですが2週間前に人伝いでメアドを聞いてくれたみたいで急に連絡が来ました。
その内容は「結婚式の二次会に来て欲しい」
なんか「ほわ〜」っと「暖かい」気持ちになりました。
もちろん喜んで!!とメールを返すと
「私の好きな[ラーメンの歌]を歌って欲しいんだけど」
だって。ラーメンの歌で良いの?(笑)
「ほわ〜」っと「暖かい」気持ちにさせてくれた春子さんが居なかったら今の僕は、レポーターとして成り立っていなかったんじゃないかって思うわけです。
だから最大の感謝の気持ちを込めて僕は「ラーメンの歌」を歌いたいと思います。
実は明日(日付的には既に今日だけど)結婚する先輩についてちょっと書きたいので書きます。
カレコレ3年前の事。
ひょんなきっかけでサラリーマンの俺にラジオのレポーターをやらないかと言う話が来ました。
音楽では無いにしてもメディアに出るチャンスだし滅多にできる経験じゃないので喜んで引き受けましたがさてど素人の僕にできるのかどうか・・・全くもって不安しかありませんでした。
静岡県西部地域を放送域とするコミュニティーFMで浜松市周辺を毎週テーマに合った場所に行く「おじゃマンレポーター」。
今でも続けているので3年やっているわけだけど実はその前に先代がいました。先代はしゃべりを生業にしている立派なレポーター。
彼のレポーターぶりを拝見できたのは一回だけで、「じゃー来週から頑張ってね」と言う感じで本当に何も習う事なく、右も左もわからない状況でレポーターを初めました。
さて明日結婚する先輩と言うのは春子さん(仮名)と言う女性で先代のレポーターではなく、先代のレポーターに付いていた同行ディレクター。
レポーター交代と共に彼女も同行ディレクターを辞める事が決定していました。
僕は新しいレポーターとして同行ディレクターも新しいやつが決定していました。
4月からレポーターが始まり、約一ヶ月、春子さんは引継ぎで一緒に回ってくれました。春子さんと新同行ディレクターと僕の3人で毎週金曜日に中継にでかけました。
放送される時間は全部合わせても30分ぐらいなものですがその間の移動は特に長いわけで一緒に居て話をする時間がたくさんありました。
その間に色々アドバイスをしてもらったりするわけですが僕と新同行ディレクターはバカな事ばっかり話してました。春子さんはそのバカな話も「うんうん」と頷いて聞いてくれて時に僕らもビックリするような展開に話をもっていってくれることもありました。
とにかく春子さんは「ほわ〜」っとしていて「暖かい」オーラの持ち主でした。
でも中継のアドバイスは的確でディレクターを育てつつ、僕を持ち上げては育ててくれたんです。
全然成長しない僕に「前より良くなってるよ〜すごいね、潤くん」と暖かい言葉をかけてくれて。それが嘘臭くないと言うか物凄く自然で暖かくて僕は素直にそれをお世辞だとも思わず受け入れたものですから元々「褒められて伸びたい」僕としては伸びたいと言う気持ちを素直に持つことができました。(伸びたいだけで伸びたかどうかは別ね)
そんな春子さんのストップウォッチには彼氏とのプリクラが貼ってありました。新同行ディレクターとからかっていたのがもう3年も前だとは・・・
そんな春子さん。約一ヶ月の引継ぎも終り、会う機会がグッと減りましたが局の事務所で会う度に「レポート上手くなったね」と相変わらずの「ほわ〜」と「暖かい」言葉をかけてくれるから偶然会えるのが本当に嬉しかったんです。
でも本当に会う機会がどんどん減っていて最近はほとんど会ってなかったんですが2週間前に人伝いでメアドを聞いてくれたみたいで急に連絡が来ました。
その内容は「結婚式の二次会に来て欲しい」
なんか「ほわ〜」っと「暖かい」気持ちになりました。
もちろん喜んで!!とメールを返すと
「私の好きな[ラーメンの歌]を歌って欲しいんだけど」
だって。ラーメンの歌で良いの?(笑)
「ほわ〜」っと「暖かい」気持ちにさせてくれた春子さんが居なかったら今の僕は、レポーターとして成り立っていなかったんじゃないかって思うわけです。
だから最大の感謝の気持ちを込めて僕は「ラーメンの歌」を歌いたいと思います。
2007年06月02日
台湾土産プレゼント!
さて今から台湾に行きます。
知り合い全員にプレゼントを買うほどの余裕は無いので一名様に上嶋潤が選ぶ「台湾のくだらんお土産」をプレゼントします!
何を買うかはもちろん未定。ただ、多分くだらん物になるでしょう(笑)
それでも欲しいと言う方は名前、住所を明記の上、メールにてご応募下さい。
誰からも応募が無い場合は強制的に誰かにあげます。
締切りは4日の23時59分までとします。
ではこれにてしばらく日本を離れます。
行って来ます!
2007年02月15日
旬の出会い
このブログを書くきっかけになった男、竹原ピストルとの出会いでもそろそろ書こうかな。
まず、この出会いの発端は俺のオヤジ。
オヤジが「野狐禅ってやつらが良いぞ」と言い出したのが始まり。
「良いぞ」と言われても「ふ〜ん」って性格だしましてや親子だとそれはなおさら。薦められてるわけでもないし全く聞く気もしませんでした。
が、しかし嫁も同じCDを持っていた事が判明。
「あれま。お前も好きなの?じゃ〜聞いてみるか」ってなって聞いたのが一年ぐらい前。
うむ。素晴らしいではないか・・・
ぐいぐいその世界に引き込まれ気が付けば嫁よりもファンになっていた。(嫁は「ぐるぐる」しか聞いてなかった(笑))
それからオヤジが自分の店への誘致(?)をイベンターさんにお願いしすぐに次のツアーでそれが実現したのです。
当日、その二人は歌声、演奏通りの人柄で僕の前に現れました。好印象。ライブももちろん最高。照明をやる手にも思わず力が入ってしまいました。
すっかりファンになった僕は打ち上げも同席。
年齢も一つしか違わないので仲良くなるのに時間はかかりませんでした。
そしてそれから数ヶ月。
次はいつ会える事だろうと思っていた新年早々。
一人、仕事をしていると竹原ピストルさんから電話。
内容は事務所を辞める事、そして自分達でツアーをブッキングして回るという事でした。
指定してきた日がバッチリ空いていたので僕は大歓迎でその日程表に「野狐禅」と書いたのです。
そこから毎日のように竹原氏のブログをチェック。
ある日浜松近辺を通っているような事が書いてあり
「ぼちぼち浜松通過したかなぁ〜」
なんて思っていたら目の前に竹原ピストル登場。
竹:「いや、近く寄ったもんですから」
僕:「それだけで来てくれたんですか」
竹:「あ、はい。お世話になります。」
僕:「いえいえ。こちらこそ。楽しみにしてます」
竹:「はい。では、失礼します」
僕:「え?もう帰るんですか?本当に挨拶だけに来たんですか」
竹:「あ、はい。では失礼します」
僕:「あ、そうですか。じゃー気をつけて」
って電話でもそんな手短な会話ないだろってな会話をして竹原ピストルは嵐のように去って行ったのでした。
ほんの少しの間に色々考え
「このまま帰したらいかん、いかん!いかんぞ!!」
って事で頭がいっぱいになりその場を店長に任せ僕は竹原さんの後を追いかけたのでした。
そこで竹原さんのブログにもある
「メシでも行きません?」「いいっすね!」
になったわけです。
そこから駅の構内にある店に入りビールを呑みながら色んな話をしました。本当は僕が色々聞きたい方なのに何故か僕が熱く語ってしまい、終いには「ブログ書いてよ」なんてお願いされてしまう始末。
ほどよく呑んで気持ちよくなった所で僕の時間の都合でお別れすることに。
お互いブログアップ用の写真を撮り別れたのでした。
そしてライブ当日。
来ましたよ。野狐禅。
顔を合わせると竹原さんの第一声が
「ブログ見てますよ」だって。じゃーこれも見てるのか?
リハーサルまでかなり時間があったから鰻も食べたし話もした。
ライブはわざわざ客席側で見てくれたし打ち上げではほとんどしゃべれなかったけど(席が遠かったので)
その後の窓枠ステージ上での泥酔パンツ一丁漢のジャムセッションは最低で最高だったね。
そして死んだように眠る野狐禅を置き帰宅。
翌日、軽やかに迎えに行くとまだ寝てたので起こしてカレーを食い彼らは東京へ旅立って行きました。
別れ際、思いがけぬプレゼントをいただきバレンタインに男からプレゼントなんて一生ありえないと思ってたからびびりましたね。でも正直、本当に嬉しかった。
僕がいつか同じプレゼントを誰かにあげるとしたら・・・ん〜どこの誰にあげるだろうか・・・どんな顔してあげようかな。
きっと竹原さんは恩を返すつもりでくれたんだろうけど僕には大きすぎる恩返しだからこれの気持ちを誰かに送ればいいんだろうか。それが恩送り?かも。うんうん。
彼らは車に乗り込み「また遊びに来ます」ってさ。
遊びに?野狐禅、遊びに来てたんか!!
バカヤロー、そんな気持ちで来やがって・・・
嬉しいじゃないか。
また遊びに来てね。
2007年02月03日
誰の事書こうかな…
皆さんもそうだと思いますが(皆さんと言ってもどんだけの人が見ているかわかりませんが・・・)大切にしたい人、大切にしたい出会い、ってあると思う。僕もあります。とりあえずショッパナから一番の出会いを書いてしまったので次が浮かばないんです。
書きたい衝動はあるんですけどね。
どうしよ・・・
ん〜
じゃー前回の中でハショッテしまった旅の中の大切な出会い。
それは京都。
浜松を出発し名古屋・岐阜と路上をし次の路上ポイントとして定めたのが京都。
中学の修学旅行以来の京都で全く勝手がわからなかったのでとりあえずナビを頼りに路上やってる人が居ると言う四条河原町に行ってみる。
偶然、そこで発見したのが今回の主役「たこさん」である。
藁にもすがる思いで声をかける。
関西弁にて繰り広げられるテンポの良い会話。
京都にはたまたま来ていて本当は大阪で路上をやっているとのこと。
「ここら辺ならどこでも良いんじゃない?」(関西弁に変換して読んでください)
と言われたのでひたすら良さそうな場所を探すが見つからず。
しばらく途方にくれまたもたこさんの所へ。
彼は今からラーメンを食いに行くと言う。
いかんせん貧乏旅をしていた僕らに外食のラーメンは贅沢。
いいな〜行きたいな〜と思っていた僕らに彼は
「明日死ぬかもしれないんだよ?今食べないでどうするの?」
的な言葉を突き刺してきたのです。
これには二人とも降参。旅で初の外食をしたのでした。
そこで連絡先を交換し翌日大阪は梅田で会う事になりました。
翌日、彼の仕事終わりを待ち電話。梅田歩道橋で再会。
路上やれるポイントを教えてもらい歩道橋上で路上開始。
そこからこの旅の途中で彼は何度か登場する。
四国に渡る時も彼と一緒に彼の友人を訪ねていったり・・・
とにかく彼には色々な言葉を教えてもらった。
「出会いは宝」
そんな言葉を素直に教えてくれたのは彼だったな。
彼は彼で独りでヨーロッパを旅した事があったみたいだし実体験の中での言葉なんだろうな。
『旅してる奴で「またね」ってよく言うけど本当にまた来たのはお前らだけだよ』
『金はある奴が出せば良いんだよ』
『ご安全に』
『明日死ぬかもしれないんだよ?』
まだ他にもあったかもしれない。
彼から聞いた言葉の中で今でも自分の中で生き続ける言葉。
出会ったからこそ受けられた恩。
彼は今、大阪から東京に拠点を移し自分の道を突き進んでいる。
仕事も住んでる場所も違う。ただ京都四条河原町で会っただけ。
やっぱり出会いって凄いね。
書きたい衝動はあるんですけどね。
どうしよ・・・
ん〜
じゃー前回の中でハショッテしまった旅の中の大切な出会い。
それは京都。
浜松を出発し名古屋・岐阜と路上をし次の路上ポイントとして定めたのが京都。
中学の修学旅行以来の京都で全く勝手がわからなかったのでとりあえずナビを頼りに路上やってる人が居ると言う四条河原町に行ってみる。
偶然、そこで発見したのが今回の主役「たこさん」である。
藁にもすがる思いで声をかける。
関西弁にて繰り広げられるテンポの良い会話。
京都にはたまたま来ていて本当は大阪で路上をやっているとのこと。
「ここら辺ならどこでも良いんじゃない?」(関西弁に変換して読んでください)
と言われたのでひたすら良さそうな場所を探すが見つからず。
しばらく途方にくれまたもたこさんの所へ。
彼は今からラーメンを食いに行くと言う。
いかんせん貧乏旅をしていた僕らに外食のラーメンは贅沢。
いいな〜行きたいな〜と思っていた僕らに彼は
「明日死ぬかもしれないんだよ?今食べないでどうするの?」
的な言葉を突き刺してきたのです。
これには二人とも降参。旅で初の外食をしたのでした。
そこで連絡先を交換し翌日大阪は梅田で会う事になりました。
翌日、彼の仕事終わりを待ち電話。梅田歩道橋で再会。
路上やれるポイントを教えてもらい歩道橋上で路上開始。
そこからこの旅の途中で彼は何度か登場する。
四国に渡る時も彼と一緒に彼の友人を訪ねていったり・・・
とにかく彼には色々な言葉を教えてもらった。
「出会いは宝」
そんな言葉を素直に教えてくれたのは彼だったな。
彼は彼で独りでヨーロッパを旅した事があったみたいだし実体験の中での言葉なんだろうな。
『旅してる奴で「またね」ってよく言うけど本当にまた来たのはお前らだけだよ』
『金はある奴が出せば良いんだよ』
『ご安全に』
『明日死ぬかもしれないんだよ?』
まだ他にもあったかもしれない。
彼から聞いた言葉の中で今でも自分の中で生き続ける言葉。
出会ったからこそ受けられた恩。
彼は今、大阪から東京に拠点を移し自分の道を突き進んでいる。
仕事も住んでる場所も違う。ただ京都四条河原町で会っただけ。
やっぱり出会いって凄いね。
2007年01月12日
とりあえずと言っては何ですが。
ひょんな事からブログを始めることにしてみました。
と言うか始めさせられました。
いや、まぁ嫌ならやらないわけで。自分の中で「う〜ん」とうなっていただけの事を「だったら書けよ」と言われたからということです。
これから始まるブログは書き始めればすぐ終わってしまうかもしれないしどんどん続いていくかもしれません。
大きなテーマとしては「出会い」です。
主に「人」ですが「物」や「時」かも知れません。
さてこのブログを書くきっかけになった上記にあります「だったら書けよ」と言った人が誰かと言いますと野狐禅のギターボーカル、竹原ピストルさん。

写真の右がその人。左が僕。随分仲良しに見えなくもないですがサシで話すのは初めて。これも貴重な出会いの一つです。
とりあえず竹原ピストルさんとの出会いについて書くか?と思ったのですが2月にお会いするのでその時にとっておきましょう。
では、きまぐれではありますがこれから徐々に更新していきますのでお楽しみに!?
と言うか始めさせられました。
いや、まぁ嫌ならやらないわけで。自分の中で「う〜ん」とうなっていただけの事を「だったら書けよ」と言われたからということです。
これから始まるブログは書き始めればすぐ終わってしまうかもしれないしどんどん続いていくかもしれません。
大きなテーマとしては「出会い」です。
主に「人」ですが「物」や「時」かも知れません。
さてこのブログを書くきっかけになった上記にあります「だったら書けよ」と言った人が誰かと言いますと野狐禅のギターボーカル、竹原ピストルさん。
写真の右がその人。左が僕。随分仲良しに見えなくもないですがサシで話すのは初めて。これも貴重な出会いの一つです。
とりあえず竹原ピストルさんとの出会いについて書くか?と思ったのですが2月にお会いするのでその時にとっておきましょう。
では、きまぐれではありますがこれから徐々に更新していきますのでお楽しみに!?

